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フィリピンの友人から、7月に行われたデモの報告と、現在も続いている学生ストライキの様子が送られてきたので、スカッと訳して、ここに載せておく。
写真なども添えられてきたので、そちらも見ながら、フィリピンの仲間たちのたたかいに思いを馳せつつ、臨場感を感じてほしい。 世界中で、怒りの声が溢れているぞ。 ![]() 2008年7月10日マニラ。100名もの学生が、石油価格高騰、学費値上げ、物価高に反対して、ストライキを行った。ユース/学生グループはフィリピン中のさまざまな街――ラグナ、セブ、ダバオ、バギオ、ネグロスなど――で同時多発的に抗議行動を始めた。 みんな、 心からの連帯を! ![]() このデモには、それぞれのイシューに対して反対している人々が集まりました。石油価格急騰に抗議する人々、政府によって課せられる拡大付加価値税(Expanded-Value Added Tax)に反対する人々、世界的な石油価格高騰の只中にあって、何より庶民層が最も痛手を受けるであろうと思われる石油規制緩和法案を許さない人々……。これらの抗議する人々すべてにとって、これら一連の政府の政策は許せないものであり、こともあろうに政府の役人たちはこれらの政策を貧しい人々への「施し」であると欺こうとしているのです。 これらの政府の動きに対する抗議行動は、フィリピンのさまざまなユース/学生グループによって生み出された。ユースリヴォルト、アナクバヤン、フィリピン学生連盟、SCMフィリピン、フィリピン学生組合、フィリピン学生新聞編集者ギルド、カバタアン・ピノイ党、ユースアーティストグループ・カラトゥラ……。![]() 学生/ユース団体は、来たる7月18日と、アロヨ大統領の一般教書演説がある28日に、どでかいストライキを行うことを誓いました。 報道された抗議行動の映像については、http://www.gmanews.tv/video/25517を見てほしい。 新聞記事については、以下の3つを紹介しておきます。 1. inquirer.net: http://www.inquirer .net/vdo/ player.php? vid=1130 2. http://www.abs-cbnnews.com/storypage.aspx?StoryId=124743 3. http://www.mb. com.ph/MAIN20080 711129486. html 政治不正・政治腐敗、アメリカの操り人形と化しているアロヨ政権を叩き出すぞ! In solidarity, Leni ![]() ![]() ![]() # by easynet | 2008-07-22 15:36
いよいよ4年に1回のASYG(Asia Pacific Students and Youth Gathering)が迫ってきた。現在、アジア中で参加者を募っているところ。日本からも数名のおもろいユースが参加予定。いよいよだ、いよいよだ。
ASYGは、アジア太平洋地域で最も大きなエキュメニカルユースの集まりだ。今回で4回目だが、毎回100名以上のユースがアジア太平洋中から集まってくる。 ASYGの歴史は1993年にさかのぼる。第1回は1993年インド。このときはまだEASY Net自体は存在していなくて(EASY Netは2001年誕生)、Ecumenical Glocbal Gatherings of Youth and Student (EGGYS)というグローバルな集会の、プレイベントとして、アジア太平洋の仲間たちが集まったのが最初だ。 第2回は、2000年タイ・チェンマイ。"Review, Reflect, Renew:Building Sustainable Communities"というテーマの下(いやほんま、Re-とか、Sustaibnableとかいう言葉好きやねえ)、行われた。このプログラムの直後にEASY Netが生まれることになる。 第3回は、2004年インドネシア・シパユン。"Togather in Action for Peace and Reconciliation"と題して行われた。この年に、わたしも参加している。 以下は、派遣してくれた某団体に提出した当時の報告文(セルフ引用)。 *************** 「12月8日から14日にインドネシアで行われたASYG2004に参加してきました。アジア太平洋地域のさまざまなキリスト教団体(YMCA、YWCA、WSCF、カトリック学生連盟、CCAなど)に連なる学生や青年が集まり、アジアにおける平和や和解の問題について話し合い、連帯し、乗り越えようというものでした。 今回のテーマは「Together in Action for Peace and Reconciliation-平和と和解に向かって共に行動を」です。今回で3回目を迎えますが、アジア太平洋地域17カ国から、およそ80人、現地スタッフを合わせて100人を超す、大きな集まりとなりました。日本からは、NCC(日本キリスト教協議会)が窓口となり、日本キリスト教団、聖公会、学Y(WSCF)から5名が参加しました。 初日から盛りだくさんのプログラムで、非常に刺激を受け、最初はまったく通じなかった英語も、次第に「通じない」ということに慣れ、気軽に「ずうずうしく」話せるようになり、多くの友人もできました。毎晩ドリンクを片手にプールサイドで「平和」や「和解」を語り合う、充実した日々を過ごしました。 ある晩、Movement Nightのプログラムの前に、インドネシアから参加していた女性が前に進み出て、震える手と声で、持っている紙を読み上げました。「さっき、インドネシアのある島で、内紛が起きました。キリスト教の教会が攻撃され、多くの負傷者、さらには死者も出ました。みなさん平和と和解のために、そして何より犠牲者のために祈ってください。」と。 いま、インドネシアではキリスト教と一部のムスリム急進派との関係の悪化により、さまざまなところで内紛が起こっています。教会が爆破されたり、襲撃されたりすることはかなり頻繁に起きているそうです。わたしは今回の現地実習で訪れたムスリム学校のことを思い出しました。そこでは、アラブ語はもちろん、インドネシア語や英語を積極的に習得し、さらにインドネシアの文化・宗教・歴史を学んでいました。聞くところによるとインドネシアでは、かつてムスリムとキリスト教は平和に共存していて、お互いのお祭りに誘い合うような関係がずっと続いていたそうです。それがあの9.11以降、両者の関係は劇的に変化し、さらに海外からムスリム急進派が流入、地元の急進派を煽動し、このような事件が起きているそうです。 メディアによって喧伝(けんでん)されているムスリムの「危険」なイメージを乗り越え、和解し、もう一度共生するために、このムスリム学校では積極的にその課題に取り組んでいるのではないかと感じました。インドネシアにおける「エキュメニカル運動」というものは、単なる宗教上の問題だけではなく、まさしく平和と和解の課題に直接繋がっている運動なんやと、今回強く、強く実感しました。 始めは、「まあインドネシア行ったらハク付くかな」程度にしか考えてませんでしたが、実際に行ってみてそのようなショウモナイ考えは吹き飛びました。「行けば何かがある」のではなく「ここから始める」ものやなと感じています。 *************** そして、4年の歳月を経て、今夏8月25~31日、韓国で第4回ASYG2008が開かれる。 今回のテーマは"Youth across the boundaries: Redefining the Culture of Peace"。 いまわたしたちの周りに張り巡らされたあらゆる境界線、「隔ての壁」を乗り越え、共に出会い、違いを喜び、多様性を分かち合い、「侵略の文化」に対抗する「平和の文化」がどのような形でありえるのか、どのように実践していくのか、みんなで知恵を出し合います。 Youth Across the Boundaries!! ![]() # by easynet | 2008-07-04 23:14
以前にも触れたコーネル・ウェストが沖縄に飛んで、沖縄の若いやつらと交流していたときの記事が出てきたので、ここに無断転載する。
コーネルのメッセージが上手に訳されていて、なかなかよい。 ***ここから、いつものように無断転載*** Let me first say that I am blessed to here in Okinawa. まず始めに、ここ沖縄に来られて幸せだということを申し上げたいと思います。 When my dear sister professor Azusa Nishimoto invited me to Japan to speak in Tokyo, I said I cannot come to Japan and not see my Okinawan brothers and sisters. 私の親愛なるシスター、西本あづさ教授が東京で講演をするため日本に招いて下さることになったときに、沖縄のブラザーとシスターたちに会わないで日本に行くことは出来ないと言いました。 And when I walked in here and saw you all, and could see you all in fire for justice and for truth, I knew I was in the right place. Then I heard my brother rappin, where is he, Ku-Hu-Mashu-Shaka! He is full of so much love and compassion. そして、ここに足を踏み入れて、皆さんを見て、正義と真実のために燃えている皆さんを見ることができて、これはバッチリな場所に来たぞ、と判りました。 また、わがブラザーがラップするのを聞いて、えっと、彼はどこかな、カ・ク・マク・シャカーッ!かれは素晴らしい愛と共感に満ちています。 And when I heard my dear sista, and professor, and freedom fighter, Kosuzu Abe, I knew I was in the right place. さらに、親愛なるシスターにして大学教員、そしてフリーダム・ファイターである阿部小涼の話を聞いて、これはもうバッチリな場所に来たぞ、となったわけです。 And I was pleasurably surprised to see my wonderful sister who was in collage with me over 30 some years ago in Harvard Collage in Cambridge, Massachusetts. And her name is professor Coney Hilliard. さて、嬉しい驚きもありました。30年以上も前に、マサチューセッツ州ケンブリッジのハーヴァード・カレッジで一緒だった、素晴らしいシスターに再会しました。コーニー・ヒリアード教授です。 But I am here to agree with Project Disagree! It is because, one you are committed to truth, and the condition of truth is to aloud suffering people’s voices to be heard. しかし、今日、私がここに来たのは、「合意してないプロジェクト」に合意するためです。なぜなら、皆さんは真実のために活動しているから、そして真実のための条件は、苦しんでいる人が声をあげ、聞き届けられるようにすることだからです。 You see the anthem of the Black people in the United States, and we are Blues people in the United States, the anthem is “Lift Every Voice [and Sing].” When you lift your voice, you can forge your pain and aloud yourself to struggle against the causes of your pain. アメリカ合州国の黒人である私たちは、ブルース・ピープルです。そのアメリカ黒人の国家と言われている歌に「すべての声をあげよ(そして歌え)」というものがあります。声をあげれば、痛みをしっかり受け止めてその原因と闘うことが出来るようになります。 Now, Okinawan people are Blues people. Ainu people are Blues people. Zainichi, Korean brothers and sisters are Blues people. Progressive mainstream Japanese who are in solidarity with poor people and working people are Blues people. さて、沖縄の人々は、ブルース・ピープルです。 アイヌの人々もまた、ブルース・ピープルです。 在日のコリアンのブラザーやシスターたちもブルース・ピープルです。 苦しんでいる人や労働者と連帯する革新的な思考を持つ主流の日本人も、ブルース・ピープルです。 The challenge always is, do we have enough courage to confront the truth that we pursue with the love and compassion for others. When you love people, you hate to see them treated unfairly. When you love people, you can’t stand the fact that they treated unjustly. That’s why justice is what love looks like in public. When you see the Koza rebellion in 1970, it is because [Black] people loved Okinawan people, and didn’t want to see them treated unfairly and unjustly. 難しいのはいつも、他者への愛と共感を追究するために必要な、真実に立ち向かうための勇気を持てるかどうか、です。人々を愛すれば、その人々が不公平な扱いを受けることを憎むでしょう。人々を愛すれば、その人々が不当に扱われたという事実は耐え難いでしょう。つまり、正義とは、公の場面で現れる愛のかたちなのです。1970年のコザ叛乱においても、(黒人の)人々は、沖縄の人々を愛していたからこそ、かれらが不公平に不当に扱われることを座視できなかったのです。 But the challenge of every generation is, who has enough courage to fight for truth, and who has enough courage to fight for justice. The challenge is that there are so much people sleep walking taking place, people closing their eyes, and people are indifference to other people suffering and become obsessive with money, possession, things, BringBring and G-strings. あらゆる世代が抱える困難は、真実を求めて闘うのに充分な勇気を持っている人がいるかどうか、正義を求めて闘うのに充分な勇気を持っている人がいるかどうか、ということです。困難な状況とは、あまりに多くの人が、夢遊の状態、現実から目をそらして、他者の苦しみに無関心になり、財産や所有、虚栄や色欲にとらわれていることです。 That’s why you need seekers of truth and justice, for example, in my CD “Never Forget; A Journey of Revelations,” you got truth tellers like KRS ONE, who is on the CD, Talib Kweli of “Bushonomics” on the CD, Outcast, Andre 3000 on the CD, Jill Scott, these are truth tellers in Hip-hop, because Hip-hop has too much G-strings and BringBring, not enough truth and justice. だから、真実と正義を追い求める人たちが必要です。たとえば、私のこのCD「ネヴァー・フォーゲット」では、KRS ONEや「ブッシュオノミクス」のタリブ・クウェイ、アウトカストのアンドレ3000、ジル・スコットたち、ヒップホップ界で真実を追究する人たちが参加しています。ヒップホップ界はあまりに虚飾に満ちて、真実と正義が足りないのです。 Absolutely we got Prince and Gerald Levert on just that disk, too. But I come from a generation in the 1960s and 70s, while we have truth seekers and freedom fighters like Curtis Mayfield, and the Sly and the Family Stone, and Gill Scott-Heron, and the Last Poets. Freedom fighters are connecting to the music. That’s why we need today that rap bro, that rap bro, that rap rap bro bro bro… このアルバムには、もちろん、プリンスやジェラルド・レヴァートも参加しています。私は1960年代70年代世代の人間ですが、あの頃にも、カーティス・メイフィールドやスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン、ギル・スコット・ヘロン、ザ・ラスト・ポエッツたち真実を求めるフリーダム・ファイターたちがいました。フリーダム・ファイターたちは、音楽とつながっています。だから、今日、私たちにはこのラップするブラザー、キミ、キミだ、彼が必要だったのです。 Okinawa has its own rich tradition of truth tellers and witness bearer. So the challenge becomes how do we wake up, no longer a sleep walking, and then shake things up, so that the power that be know there are pain and sufferings among precious human beings, and then, come together. We have to coalesce. 沖縄には、真実を求め証言を伝える豊かな伝統があります。だから、沖縄にとっての困難な状況とは、大切な人たちの痛みや苦しみを知ることで力を得るために、いかにして目を覚まし、夢遊を終わりにして、体勢を立て直すかです。そして一緒にやっていくことです。私たちは連合しなければなりません。 Okinawans has to coalesce with Ainu, got to coalesce with Zainichi, coalesce with the progressive mainland Japanese, and coalesce with the Black people in the United States, and other progressive people in the United States. 沖縄の人々はアイヌと連合し、在日と連合し、革新的な思考を持つ主流日本人と連合し、アメリカ合州国の黒人とその他の革新的な人々と連合すべきです。 I am blessed to be here and am inspired by a work that you do in Project Disagree. Keep your mind sharp with understanding of history, and connecting it to the present, and the future can be better, for those last don’t call everyday people. 私はここに来られて幸せです。「合意してないプロジェクト」の実践に感銘を受けました。歴史理解の感性を磨き、それを現在に結びつけていきましょう。それは、名指されることなき人々のより良い未来につながるでしょう。 Keep in your soul a deep love for the people. Be compassion for the people. And of course, keep in your heart, a deep, deep sense of the Blues. Because the Blues is about catastrophes expressed in lyrically, but enduring grace and dignity. あなたの魂に、人々への深い愛を持ち続けましょう。人々への共感を持ち続けましょう。そしてもちろん、あなたの心のなかのブルースの深淵なる感性を大切にして下さい。なぜなら、ブルースとは、悲惨な経験を歌詞に込めつつも、優雅さと気品を保ち続けることだからです。 You can talk about struggles as to what we talk about the Blues. How do you look a present in the face and still smile, and still resist, and still fight, even know that the powers are be coming at you look like they attempt to crush you. That’s the Blues. 闘争について語ることは、ブルースについて語ることと同じです。権力があなたに襲いかかって潰されそうだと判っていても、現実と向き合い、笑顔を忘れず、反抗し闘い続けるやり方。それがブルースです。 Keep fighting in this way because you have hope. Hope! Hope! Hope! That’s it, that’s it! 希望があるから闘い続けましょう。希望!希望!希望!それが肝心です。 # by easynet | 2008-06-30 23:50
「キャンプの王様」が遠いところに船出してから、3週間が経った。
今でも、彼のことを言葉にするのは少し難しいのだけれども、たとえ拙くても、まとまらなくても、少しずつ言葉にしてきたいと思う。ぼくがこの場所で少しずつ言葉を紡いでいくことが、きっとまた別の言葉や思いと結びついていくことだろう。彼と出会ったひとりひとりの思い出やエピソードや思いが、ゆっくりと、そして確かに紡がれていくことを強く願う。 彼はまさに「王様」だった。 「王様」という呼称は、キャンプ場での彼のニックネームであり、キャンパーたちは親しみを込めて彼のことをそう呼ぶ。どのようにしてその呼称が定着したのかはわからないけれど、キャンプ場での彼はまさしく「王様」であった。 類まれなるリーダーシップ、聴く人を惹きつける語り口、キャンプに対する厳しさ、キャンパーやリーダーに対する恐ろしく鋭い洞察…。彼はまさに「カリスマ」であり、「王様」であった。 キャンプ場での彼は決して弱みを見せない。微塵もだ。その姿を見て、子どもたちは不安なキャンプ生活の中で落ち着いて生活するようになっていく。ぼくらリーダーたちの脳裏に浮かぶのは、あの逞しく日焼けをした、厳しくも優しい顔の彼だ。 しかし、そんな「カリスマ」であった彼も、実は人知れず多くの痛みを抱えていた。彼のキャンプ長生活最晩年に立ち会ったぼくらの世代は、その苦しみや痛みを少しだけ知っている。 彼は「カリスマ」だったから、そのような「弱い」彼の側面を知らない人も多い。キャンプ場での姿が強烈過ぎるがため、そのような側面が彼にもあるということがにわかに信じがたいのだ。よく考えたら、人間誰しも「弱い」「情けない」部分があって当たり前のことなのだけれど。本人も、本当に親しい友人にしかそのような姿を見せなかったし、そのような自分の「弱さ」と折り合いをつけるのが難しかったのかもしれない。 葬儀の司式を担当した牧師の話は、このような彼のもうひとつの側面を語ったものだった。 「船出」の5ヶ月前に入院した彼は、訪問するたびに小さく、元気がなくなっていった。 そして病室で、大粒の涙を流し、「苦しい苦しい」と言っていたそうだ。 そこには、これまで人に見せてこなかった彼の姿があった。 彼には、大きく2つの痛みがあった。 ひとつは、家族のこと。夏休みや春休み、何百人ものキャンパーの集まるキャンプ場の「王様」として働くということは、長期間の家族との別れを意味する。彼が「カリスマ」であり、キャンプに情熱を注げば注ぐほど、自分の家族と過ごす時間は失われていく。このジレンマはYMCAや、そのような使命をもって働く人にとって普遍的な問題だ。そして、ついに訪れた家族との別れが彼にとって大きな痛みでありつづけた。彼が病床に倒れ、十何年ぶりに家族が彼の病室で勢揃いしたとき、彼は心の底から「ほっとした」と語ったという。 もうひとつは、彼には「肉体のとげ」があったこと。キャンプの「王様」としてバリバリ働く彼は、真っ黒に日焼けして逞しく、颯爽とヨットを操舵する。そのような姿とは対照的に、彼は長い間病気と闘ってきた。キャンプでの過酷な暮らし、無理をして働いたことも何度もあっただろう。キャンプで毎食後に大量の薬を摂取している姿を良く覚えている。キャンプ中に足の骨折をし、すぐに病院で治療を受けることをせずに無理したため、骨折が悪化して、杖をつかなければ歩けなくなった。 「キャンプの王様」はたくさんの痛みを抱えながら生きてきた。 病床での最後のとき、本当に苦しかったことだろう。悔しかったことだろう。 今はそのような痛みから解放されていることを心から祈る。 王様、 あなたに灯された「薪の火」は、あなたに出会ったすべての人びとの心に確かに灯っています。 たくさんの「痛み」と「弱さ」を抱えた王様、そんな王様はわたしたちの誇りです。 あなたのことがもっと好きになりました。 王様、本当にお疲れ様でした。 # by easynet | 2008-06-24 23:01
去る2008年5月10日、コーネル・ウエストがやってくるという情報を聞きつけて、駆けつけてきた。コーネル・ウエスト。彼のことを初めて知ったのは、まだぼくが学生だったころ(といっても、つい最近のことだ)、「現代アメリカの神学」という講義のなかの「黒人神学」のセッションでのことだった。黒人神学については、いわゆる第一世代のジェイムズ・コーンが有名だが、コーネル・ウエストはその次の世代である第二世代にあたる。彼は、現在アメリカで最も有名な知識人の一人で、現代アメリカのアカデミズムを代表人物であるが、彼自身は自分のことを「預言者伝統を継ぐバプテスト系の黒人神学者」とみなしている、とのこと。
実際、今回の講演会で何度も「わたしはマーチン・ルーサー・キングJr.の伝統に立っている」と語っていた。彼の演説は、それはもうすばらしく、立て板に水、淀むことなくあふれ出す言葉と言葉、まさに言葉の弾丸だった。講演を依頼した某大学は、何を思ったか通訳無しで行った。そりゃ、もちろん彼のリズミカルな演説を体感してもらいたいという意図はあったのだろうが、せっかくの演説なのに、ちょっともったいない気がした。 「二がライゼーション」という概念を用いながら、マイノリティや小さくされた者の解放を語り、権威主義に対抗する共同体(コンミューン)について語るコーネル・ウエストは、マルコムXを彷彿とさせる。彼の演説もこのようなものだったのだろうか。 とにかく、彼の演説に、声に、思想に耳を傾けてほしい。 The Prophet is in da place to be!! Cornel West: To Be a Leftist in the 21st Century (1/3) http://jp.youtube.com/watch?v=9ywBLEUoqok&feature=related Cornel West: To Be a Leftist in the 21st Century (2/3) http://jp.youtube.com/watch?v=pMowUsUNRvU&feature=related Cornel West: To Be a Leftist in the 21st Century (3/3) http://jp.youtube.com/watch?v=vk4x_z9cWuA&feature=related # by easynet | 2008-06-06 22:59
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